私が歯科医になって以来、毎日の治療を通してあるいは数々のデータからわかったことがいくつかあります。

 
@我々歯科医が毎日治療しているのは、そのほとんどが他人がやった治療の再治療であること。
ある文献では、患者の80%は再治療だと述べられていますし、他の歯科医もだいたい一般的に同じだと思います。
これは、数々のデータから日本人の再発率が他の先進国に比べて高いこととも合致しています。
たとえば既に神経の治療をした歯が、再発したため、根の治療のやり直しをする治療を再根治といいますが、米国の再根治率は、わずか16%ですが、日本の場合、60%をこえます。
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A再発の原因は、患者さんの責任だけではなく、治療をやった歯医者と、今の保険制度を作った行政にも責任があるということ。
治療に対して、非協力的な患者さんはいます。いったい誰の為の治療かわからなくなるケースもまれにあります。ただ、専門家であるべき歯科医の一般的な治療のレベルも私に言わせるとかなり低い場合が多い。年に数例、結構がんばっているなという治療痕を見るとうれしくなります。なんでうちに来たのと言いたくなります。
ただ、今の保険制度の枠内で多くの良心的な歯科医が多くの制度上の矛盾と葛藤しながら治療していることも事実でしょう。
でも歯科医が患者さんの側に立つ人間だとすれば、歯科医としての責任が何かをよく考える必要があると思います。
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B1日に20人も30人もあるいはそれ以上、1人の歯科医が全顎的な診断に基づいて科学的根拠による予知性の高い治療をきちんとやれるわけがないこと。
アメリカでは、専門医制度が進んでいて、根の治療の専門医、歯周病の専門医、インプラントの専門医、審美の専門医、顎関節症の専門医など一般医(オールマイティ)以外に多くの専門医がおり、患者さんはその分野の先進的治療を受けやすい環境にあります。
一方日本では、国民皆保険という制度上、保険医である以上、一般医としてその制度のしばりの中で、もん切り型の、金太郎アメ状態。パターン化された治療が全国津々浦々、北は北海道、南は九州、沖縄まで行われています。保険医を返上しない限り、一般医になる以外ないのです。
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C現行の保険制度の中で(予防は保険外です)治療する限り、患者さんの歯はよほどラッキーでないと、多くは残せないこと。
8020運動といって、80歳で20本の歯を残しましょうというキャンペーンをご存知ですか。
根拠は、ちゃんと咬める歯が大体20本残っていれば、一応大程のものを多少の不自由はあっても食べられるという調査結果によります。
優等生のスウェーデンなみということです。患者さんの受診率を上げる一つの効果にはなっているようですが、ただ、今の日本人の現状は6020にもおぼつかない状態(60歳で平均15本しか残っていない)で、制度の中で自分の歯の健康をゆだねると、普通にいくと50歳までに7本、40歳までに3本、30歳までに平均1本の歯を失う勘定になります。
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D毎日、患者さんの口の中を拝見していて、その治療痕跡を見ると対症療法的、こそく的治療が多く、歯科医として申し訳なく、時に悲しくなること。
もちろん、患者さんが主治医を転々と変えるということも、間接的な原因になっていると思われるケースもあります。木を見て森を見ない治療のいかに多いことか。おそらく全顎的診断の時間すら充分に取らないで治療しているとしか思えない。私の診療所の前の道路は、しょっちゅう、水道工事、ガス工事、電気工事などの工事をやっており、そのたびに道路を掘り返し、あげくのはてが、つぎはぎだらけのガタガタ道。ヨーロッパの都市計画は100年200年の計を立てて行なうと聞いたことがあります。口の中を見て下さい。いろんな色のいろんな材料のつめ物や、冠のオンパレードではありませんか。いつのまにか元の咬み合わせはどこに行ったのやら見当が付かないというありさま。無駄な時間と経済的出費をたれ流し治療効果はそれほどあがっていないとしか思えません。
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E咬合理論がわかっていない矯正医の多いこと。
うちにも矯正が終って、来院される患者さんが多く来られますが、確かに歯はきれいにならんで見た目は改善され、患者さんも満足されていると思います。しかし、矯正だけで5/100ミリ単位の歯牙移動は無理で、是非咬合が解かる歯科医とセットでチェックしてもらうことをおすすめします。矯正後の後戻り、外傷性咬合の発生による歯の動揺や歯周病の誘発、顎関節症の発症などが矯正医の知らない所で起こっています。
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F現行の保険制度の給付内容は、いつの時代の医療技術を水準として決められているのか非常に疑問であること。
今の保険の給付内での治療は、私の知る限り基本的に20年前と何ら変わっていません。変わったと言えば冠を1度入れたら、同じ所は2年間は保険でやり変えることができなくなったことぐらいです。ドイツの制度をまねていますが、内容は全く異なります。
今、私の診療所でやっている、予防、咬合治療、精密印象による1/100ミリ精度の精密な修復物、補綴物、外傷性咬合を改善するための矯正、残存歯を保護し欠損部の機能を回復させるためのインプラント、咬合をcheckするため毎回のように行っている約1/100ミリ精度の診査と咬合調整などなど、歯を救うために必要と思われる処置が保険の中に入っていません。
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G当院では、主訴の状態と何故このようになったか。このまま放置すれば今後どのような状態になると推測されるか。
そこで、できるだけ長期的な展望に立って、今、このように治療すれば予知性の高い治療ができるなどなど説明すると、患者さんのほとんどは初めて聞いた。初めて説明を受けたと言われること。やはり、充分な分析、診断の時間がとれないと、患者さんの歯をできるだけ抜かずに残すために何をやればいいかの治療計画も立たない。多くの歯科医は患者のデンタルIQ(歯科疾患に関わる知識)が低いと言われるが、そんなことはない。皆、入れ歯になりたくないし、そのような治療を望んでいるし、それなりにがんばってブラッシングもやっている。デンタルIQが高ければ歯医者なんか必要ないし、そもそも歯科医が患者さんに説明と理解を促す義務がある。もちろん選択権、決定権は患者さんにあります。
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H一般医(成人の歯科治療が専門と言っているが)として、患者さんの歯を救うために高度で科学的で安全で先進的な治療をやろうとした時、各専門分野に精通し、1人でそれをこなそうとする時せいぜい1日に診れる患者の数は、10人程になると経験から解かったこと。
今現在の治療技術が完成されたものではなく、一度治療すれば100%ピタリと治ってしまうところまでまだ発達しているわけでもない。当然、現状の技術では救えないケースも多くあり、また再発率を0にする方法もまだない発展途上の段階です。でも、今の先進の医療知識と技術を駆使すればかなりの確率で高い成功を収めることができ、再発率もかなり抑え込める水準に来ている。
しかし、その水準を保つためには、患者さんの進行を止めたい、治りたいという気持ちは言うまでもなく歯科医が複雑な治療ステップを確実に正確に行うことが必要です。道はそんなに多くも広くもないが、ゴールに到着する道はあります。しかも、歯科治療は内科の治療と違って、その多くが手仕事です。たとえば1回の処置に50から100以上の手順があり、その間、再発の原因となる細菌だらけの唾液との格闘です。
最終的には手先の感覚だけで行なう処置もあり、高度の集中力と迅速で正確な判断の連続です。私も根気強い方だと思いますが、1日10人程の患者さんに対し、1日8時間集中するのが限界です。それ以上は質の高い治療を維持することは困難と思います。これは生理学的にも言えることです。
きちんとした治療をするために1日10人ぐらい、1日8時間労働です。
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I早期発見、早期治療は治療の大原則には間違いないけども、早期発見・早期不良治療は患者さんに気の毒だなと思ったこと。
歯の病気は進行性の病気で、しかも痛いなどの自覚症状を伴わないケースも多いことから、検診などで早期に発見し、次のステージへ進行するのを食い止めるため、できるだけ早く治療するにこしたことはありません。しかし、私は今すぐにでもつめないと、かぶせないといけないというケースに今だに遭遇したことはありません。まさに歯の寿命が尽きようとしている終末治療であればこそ、その歯に負担をかけないようにした上で厳密に診断し、再発の芽をできるだけ多くつみ取るように慎重に治療を進めていく必要があります。
前途まだ有望な歯であればなおのこと1本1本進行の度合いもスピードも違うはずですから、場合によっては治療の優先順位や長期的計画に立って、歯を失わないという最終ゴールに向かってあせらず、しかし的確に治療を進めることが必要です。患者さんも歯医者も焦りすぎ。短期決戦いいことなし。
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J私がこの10年で作った入れ歯は3個だけ(総入歯2ケース、部分入歯1ケース)。しかも、入れ歯を作りにこられたケースだけです。
また当院で治療して当院で抜歯したケースは根の破折が2例、歯周病の再発が1例です。共に再治療だったケースです。破折の2ケースは連結冠の中間の支台が破損したケースであり、冠はそのまま保存し、抜根(根だけ取る)してブリッジに移行できたケースで、あとの歯周病再発による抜歯はその後、同じ場所にインプラントをして歯を作ったので、3例とも入れ歯にはなっていません。
3ケースとも治療終了後8年から10年程でのトラブルでしたが、定期検診にきちんと通って頂ければ、このような処置は回避できたかもしれません。
もちろん当院の手を離れた患者さんの中に、他院で抜歯をされているケースもあるかもしれませんが、不明です。
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K保険制度の枠内で治療されているクリニックはたくさんあります。
私は基本的に、自分にしてもらいたくないことは、人にすべきではないと考えています。私はダブルスタンダードがきらいです。私は自分の歯を守るためだったら、保険制度の枠にとらわれずきちんとした診断と、治療方針にもとづいて何とかして歯を失わないような治療を受けたいと思う。
できれば入れ歯にはなりたくないし、いつまでもご馳走ではなくていいから美味しく食事したいと思う。なぜなら食が健康の基本だからです。何もそんな難いことを言わなくても好きな軟骨や砂肝やタクアンをいつまでも食べたいと思う。歯ざわりや歯ごたえのいいものが好きなのはどうしようもない。
入れ歯になりたい患者はあまりいないと思うが、どうして他人ごとのように患者の歯のことを考えられるのか不思議でなりません。何故、必死に救う方法を考え、それを実行しないのか。ビジネスだから?医も算術を知らなければ患者のための新しい技術を習得するための勉強もできないし、計算も必要なことだけど、我々の使命は患者の歯を扱うこと、それのみ。
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L技工士にも経営や生活があり、適正かつ充分な技工料を支払われなければ良質の仕事をしてもらうことができないことがわかったこと。
私が開業して以来、技工士との戦いでした。安くて、質の高いものを。でもそれは自分の治療を通して無理だということがわかりました。きちんと丁寧な治療をし、入れ歯にならないように細心の注意をはらって治療をさせていただくことができる患者さんの数は時間的にも限られてきます。技工士も同様、質の高い物を作ってもらうためには時間と費用が必要です。私の技工士は私と同様、私達がさせていただく仕事によって、何らかの幸せを患者さんに感じていただければという事を第一に考えています。
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M仮歯をつくったり、型をとったり、場合によってはつめたり、被せたりそれを調整したりを、アシスタントや衛生士にやってもらっているクリニックが以外に多いことを知ってしまったこと。
歯科治療は唾液の中の病原菌と隣り合わせ。まるでどしゃぶりの雨の中で、雨にぬれないように細心の注意を払ってたき木に火をつけるような、器用なまねをやっています。たとえば、仮歯は言わば仮の屋根です。たとえ仮歯であっても雨漏りがしていては、きちんとした治療はできませんし、作りようによっては歯肉の回復も違ってきますし、歯の寿命を左右する咬み合わせも大きく影響する場面です。歯医者のうでの見せ所の1つだと思います。保険で仮歯が請求できないので、気持ちはわかりますが、さすがに型をとったり最終的なつめもの、かぶせもの(屋根)を人任せにするのはちょっと手抜きなんじゃないかと思います。何故私がこのようなことを知っているかというと、衛生士や助手・受付の面接を今までに何回もやりました。1度に何十人という応募がいつもありますが、私は必ず今まで何をしてきたかを聞くことにしています。
当然、きちんとしたクリニックもたくさんありますが、彼女たちにやらせている所も意外と多い。法律的にもいけないし、何より医師の責任が果たせていません。こんなことしているからプロが育たないんだと思います。彼女達も自分達の仕事をきちんとやるべきで、言い逃れはできません。ちょっとかわいそうだけど、患者さんの方がもっとかわいそう。同罪だと思います。
 
N金属の土台(メタルコアと言います)は、よくないということ。
私は20年来、金属の土台はほとんど使っていません。この10年間で1例ぐらいです。
私の研究テーマは、インプラントを含めた人工材料ですが、その点から言っても根の硬さに比べて金属の土台は硬すぎます。
土台は、歯の根に差込みますが、硬すぎて力のかかりぐあいでは、くさびを打ち込むような力がかかり、歯が壊れたり、根が折れたりする確率が高くなります。又、万が一根の再治療が必要な時、差し込まれた金属の柱を取り除かなければなりませんが、どうしても歯の消耗が激しくなります。
アメリカの根の治療の専門医は、再治療になるであろう可能性が高いケースはもちろんのこと、金属の土台を使わないようにしているそうです。使うときは、再治療不能になってもいたしかたない、すなわち抜歯覚悟で金属の土台を使うそうです。最終治療ということです。又、土台に使用されている金属から、金属イオンが象牙細管を伝わって、外へ溶出していることも研究でわかっており、それがもとで金属アレルギーを起こしている人も少なくないと言われています。
先進国の中で日本ほど金属の土台を使う国は無いというデータもあります。しかし、最近、日本でも金属の土台はよくないという意見が多くみられるようになってきましたが、まだまだスタンダードとは言えません。私は毎日のように再治療をするために金属の土台を黙々と外しています。
 
以上のような理由から
私は1日に10人ぐらいしか患者さんを診なくなりました。
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